酸味の腐敗説と後味がさっぱりする仕組み

苦味は毒であることがある。酸味は腐っていることがある。これは自然界において苦味が毒、酸味が腐敗というケースが多いためで、人間は本能的にこれらの味覚を嫌う傾向にある。特に梅干しやレモンなどは、それを見ただけで唾液もジワリと出てくることだろう。口の中に入れれば、顔も歪みそうになることと思う。これは、生体を守るための条件反射だ。つまり頬の筋肉に刺激を与え、それによって唾液が分泌される。そして唾液によって酸味が抑えられ、歯の表面をも守ろうとするのだ。 ところで、味覚には苦味と酸味のほか、甘味、旨味、塩味というものがある。この五つが人間の持つ基本味になる。しかし、酸味ほど顔を歪めたり、唾液を分泌するといった特異な反応を引き起こす味覚はないだろう。一説には、酸っぱい物に対して人間が顔を歪めるのは、仲間に腐敗を伝える手段として表情を使ったのが始まりだったのではないかとする話がある。 それはさておき、酸味というのは強烈な反応を起こす一方で、それほど後味が残らない。しかしトウガラシやカラシ、ワサビなどではどうだろうか。筆者の体験では涙が出てきたり、しびれ感が残ったりする。ヒリヒリ感もしばらく続くだろう。ではなぜ酸味の後味がさっぱりしているのだろうか。それは唾液中に重炭酸イオン(炭酸水素イオン)が分泌されるからだ。酸味の味を感じる本体は、水素イオンである。その水素イオンを抑えるのが重炭酸イオンとなる。酸味を感じると早い段階からこの物質が分泌され、水素イオンが分解されていくというわけだ。 このように、唾液は緩衝液としての役割があり、酸性を弱める作用がある。そのため、中和反応が起こり酸味が和らぐ。また分泌された唾液中にこういった酸味抑制の物質が含まれていることと、唾液中に含まれる粘性物質が味覚をつかさどる味蕾(みらい)を皮膜で覆うため、重ねて酸味が抑えられる。更に唾液中のネバネバ物質が歯や粘膜において皮膜を形成すると共に味蕾をも覆って酸味を抑えるのだ。 ここまで話が進むと、酸味は自然界で特に腐敗傾向が強く、人間にとってあまり良い影響がないと思われるかも知れないが、実はそうではない。例えばクエン酸。レモンやミカン、オレンジ、グレープフルーツといった柑橘類に多く含まれる物質だが、これらが酸っぱいのはそのクエン酸によるものである。このクエン酸に疲労回復の作用があることは既に周知の事実であろう。
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